反対クリミナル 10
セナは太陽を見つめながらぼんやりと、昔のことを思い出していた。
自分の左側の髪に巻きつけられた赤いリボン。元はアルトの母親であるメドゥーサに貰ったものだった。ハヤテとアルトと友達…なんて関係になって、でも太陽が苦手であまり会うことができない時、アルトがボクに言ったのだ。
『僕、メドゥーサの力を制御できるようにお母様に色んなものを作ってもらおうと思うんだけど、セナも太陽が平気になるように何か作ってもらわない?』
と。その言葉をはっきり覚えていた。素直に嬉しかったのだ。話すことが得意ではなかったアルトが、自分に提案してくれたのだから。勿論ハヤテからの後押しもあった影響だが。
父親であるドラキュラは、あまりメドゥーサのことをよく思ってはいなかったがメドゥーサは自分がドラキュラの息子であるという事実を知っても特に気にすることなく太陽の光が平気になるようにしてくれたのだ。
今思えば、あのアルトの誘いがなければ今もずっと完璧な夜行性でこういう戦いにも貢献できなかったんだろうと思う。勿論多少はまだ太陽の光を浴びることに抵抗がある。人よりはダウンするのが早かったりもするし、一日中浴び続けると危険なところもある。基本的に屋内でないと落ち着かない。マヒロが日傘を常備しているし今は特に問題ないが。
そのマヒロが、今は居ないけど。
(ハヤテがあんなこと言わなかったら、マヒロなんて無理矢理にでも連れてくるつもりだったのに!)
ハヤテは人を操る力があるし、気付けば自分も動かされている。今だってそうだ。
もうすぐ、事故が起こるはずの大通り。何が起こるかわからない。集中しなきゃいけない、でもマヒロのことが気になる。ハヤテに言われたことにも苛立ちを感じる。それに答えられなかった自分にも怒りが…。
自分がこんなにも影響されやすかったなんて。周りに他人が居なければ全然ダメだったなんて…。
(…ボクにできるのか?一人で…あんな大人数の引き起こす事故を…。)
周りをよく見ろ、それから考えろ。仲間が居ない今は、それしかない。
(ボクの反対側に敵は約30…、操れる人数は弱くて30、強くて100を超えるか…。でもそしたら一気に事故を起こす為にどこかに人が集まってるはず…。)
『把握』しろ。この町の、配置を。イベントが行われている場所には大人数が集まり、ショッピングモールにだって勿論多くの人が居る。
(ああ、分からない…人が多い…。反対側でしか人間が操れないわけじゃないし、この距離だったら誰だって操れてしまう…。)
いつだって一人じゃ何もできなかった。でも誰かに頼りたくなんてなかった。そんなのは嫌いだった。一人でなんだってできる自分でありたかった。
どこで何が起こるの?
一歩進んで。
誰がどこで何をしてるの?
またもう一歩。
ボクは今、何をすべきなの?
ゆっくり一歩。
それから…
「わっ…!」
その瞬間に、何が起きたかわからなかった。
体が動かなくて、急いで後ろを振り返れば、黒い服を着た男が居た。
その右手に光るナイフ。
(ボクが人質…?)
多分、そういうことなんだと思う。正直驚きはしなかった。ナイフに関しては自分も扱っているものだし、人質になるのも慣れっこだったし。
(でもなんでだ…?人間を殺すならボクにこんなことをしても意味は無いはず…。)
相手だって、自分が『黒翼のセナ』だということくらい理解しているはずだ。人間に化けた姿でもない。可能性があるとするなら…
「まさか…お前っ!」
奴は笑う。馬鹿にするように、嘲笑うように。
おそらく目的はセナを捕らえること。未来予知のできるアルトを別方向に向かわせ、予測を不可能にする。そしてハヤテ、セナ、マヒロの中で唯一敵の情報を読む能力があるセナを目的地へ誘導し、動きを封じる。ハヤテやマヒロだけにすれば敵には有利になる完璧な状況が出来上がるというわけだ。
ハヤテの強さを知っていれば、この後にハヤテを誘導する作戦も出来上がっているだろう。マヒロのことなど考えてもいないはず。
(マヒロが動かなきゃダメだ…。でもマヒロへの対策もあったら…?)
こんなことで追い詰められるとは…、悔しい。
強い自分でありたい。仲間を守りきれるくらいに。
マヒロに助けを求めることなんてきっと今くらいだ。頼ってあげるよ。少しだけ。
(この汚らわしい男から早くボクを引き離して!)
実力の面では別としてまだまだセナは幼子だ。自力で抜け出すことができなかった。
それにここでこの人間を殺してしまえば只者ではないと有名になってしまう。それは困るのだ。
周りには警察を呼ぶ声、逃げ惑う姿。未来予知さえあれば未然に防げた事態。アルトの能力には不完全な部分もあるが。
拳を固く握り締めて悔しさを押さえ込む。
少し動けば首の皮膚が切れる感覚があった。だが自分の血に興味は無い。
(ああ…また大事故で人が死ぬのか、今日は一体何人が犠牲になるんだろう。)
もう諦めるしかなく、そんなことを考えていた。ハヤテはここに来るまでに何らかの罠に苦戦しているのかななんて。
考えてた時だった。
「世界を飲み込む強大な妖気、今こそ禁忌の扉を開けよ!」
聞き覚えのある声に、目が動いてしまう。
「出でよ、【禁断の召喚獣】!」
物凄い妖気がセナにも伝わる。
「…マヒロが、召喚…獣…?」
夕日の逆光でよく見えないが、長い髪を一つに束ねたシルエットは見えた。
そして、それを覆いかぶすように現れる大きな影。
「『妖狐のヤマト』!」
聞き慣れた声が発する言葉は、禁忌であり伝説である獣の名。
セナは驚いて言葉が出ず、人間を操っていた敵軍も恐れたのかその人間から邪気が抜けた。召喚獣に恐れたその人間は逃げ、セナは解放される。
が、その瞬間足に力が入らずその場座り込んだ。
それを見て慌てたマヒロがヤマトと共に走ってくる。
「セナ様!ご無事ですか…?」
心配そうに歪んだマヒロの顔を見て少しだけ涙腺が緩んで、下を向いた。だけど、
「…約束、守れたみたいだね。」
涙が零れるよりも先に、笑いが込み上げる。
「ですけど、これはヤマトの力で…。」
マヒロは俯いて申し訳なさそうな顔をしていた。その言葉にやっと立ち上がって背の高いマヒロの顔を見上げた。
「馬鹿。君自身の実力で契約して、君の力で呼び出して助けたんでしょう。スゴイよマヒロ!」
嬉しくなってしまって。自分に仕えていて、馬鹿でドジで未熟だった彼が強くなってしまって。
笑顔が、止まらない。
気付いたらセナはマヒロの手を握り締めて、今までにないような笑顔を見せていた。マヒロは驚いて言葉が出なかったがその内に嬉しくも照れくさそうな笑みを見せた。
「勿体なきお言葉、ずっとセナ様に着いて行きますから…これからもどうぞその笑顔を俺に守らせてください!」
禁断とされた召喚獣は静かに笑みを浮かべた。