反対クリミナル 9
疾風と星那は何をするわけでもなく、変わらず客間でくつろいでいた。
「ねえ疾風、ちょっと嫌な予感がする。」
星那は何を見るわけでもなくまっすぐ前を向いてそう言った。それに疾風は閉じていた目を片方だけ開いて「なにが?」と、話を続けるよう促す。
「…嫌な配置だね。反対側で何かしようとしてるみたい、大規模なこと。」
それが分かるのは星那だけだった。彼が持つ『把握』の能力。或斗の未来予知、疾風の観察に並ぶものだった。反対側とこちら側に存在するものを千里先まで把握すると言われた能力。
疾風は星那の言葉にやっと足を組むのを止めた。
「タイミングが悪いな、或斗が居ないとなると何が起こるか推測しにくい。」
未来予知で大まかなことが分かれば今から作戦を立てても十分間に合う。だが今は或斗は結奈華と共に行動しているだろうし、真紘も動けそうにない。
「でも、或斗もいずれ未来を見るでしょう?そしたらボクらと合流しに来るはずだよ。」
確かに、それは星那の言うとおりだ。間違いない。だが大きな事故が起こると考えた時に少人数だと辛いものがある。最悪の場合、疾風と星那の二人で戦わなければならない。
その状況の中で、疾風は笑って星那に視線を送る。
「おい星那、お前今真紘のことどう思ってる?」
いきなりの疾風の言葉に星那は能力を使うことも止めて疾風の方を見た。
「どうって…」
言葉に詰まった。
(真紘は馬鹿でドジで未熟で、側近のクセに全然守られてる気がしない。…たださっきの態度が突っかかってるだけで。心配なんかしていない、全然…。)
言えなかった。なにも。何か言ってしまえば、それが本当になってしまう気がした。
馬鹿といえば、真紘は馬鹿だし。心配といえば、真紘が心配だし…。
「…そんなこと聞かないでよ、全部見えてるクセに。」
疾風に観察されると、それを拒否したくなる。自分を見せたくはない。
だが疾風はそれでも笑う。それがどうにも気分が悪い。
「よく分かってんじゃん。」
そう短く言うと立ち上がって「反対」と小さく呟く。その姿は『神速のハヤテ』の姿に変わっていた。
「星那は先に敵が見えた場所に行け。俺もすぐ行くからさ。」
ハヤテがそう言うのに、星那は不機嫌な顔を見せる。
「どうしてボク一人なの?大規模だって言ってるでしょう、ボク一人で片付けられるはず…」
その言葉の途中、ハヤテがまた笑った。
「お前を信じてるから、先に行かせるんだ。ちゃんとすぐ追いつくって言ってるだろ。俺は『神速のハヤテ』、お前が思うほど遅くないぞ。」
また何か企んでる、星那はそう感じて少しだけ身構えた。「反対」と口にして、その頭と背には黒翼が揺れる。
「…ハヤテ、ボクは君を信じることができないね。その目でボクを見ないでくれる?分かりきったように、モノを言わないで。」
セナは窓からその翼で飛んでいく。元々太陽が苦手だったセナが、日が暮れ始めている空へ。
「うーん、どうするか…。別に俺も見たくて見てるわけじゃないしな…。」
少しだけ気に留めた様子でそう呟くハヤテ。だがすぐに頭の後ろで手を組んで、真紘が走っていった方向へ歩き出す。
真紘は分かりやすいし、今頃どうしようどうしようと一人で頭を抱えているだろう。周りに着いていくべき者がいなければ自分のすべきことが分からないらしい。
少し前、真紘は一人で生きていくことが苦手だと言った。あいつには妹が居たが、真紘とは逆に頭がよく優秀で、立派なアサシンとして村を出て行ったという。それからというもの幾度となく暗殺に失敗した真紘は遂にセナに捕らえられ、半ば無理矢理側近として働くことになった。
だが真紘はそれが幸せだと笑ったのだ。自分のような未熟者を傍に措いてくれるセナが好きだと。
セナは上手く心を開けないし、上手く笑えないし、上手く感謝の気持ちを伝えられない。だからこそ、ハヤテとしては真紘にセナの傍に居てやってほしいのだ。
いつでも、セナが何か言いたくなった時に、それを聞いてもらえるように。
「…真紘。」
扉の向こうのことは、観察できない。見えない。今は言葉に篭る心情を読み取る。
「…はい。」
短い返事が聞こえる。
「どうする?セナはもう、敵の襲撃を止めに行ったぞ。お前は?」
少しの間、流れる静寂。音だけではハヤテには何も分からないため、嘘もつける。
だがその必要はない。
「この『命射のマヒロ』、使命はセナ様をお守りすることにございます。ですが、自分の使命の為と言って、仲間を傷つけたくはないのです。」
それこそマヒロだった。馬鹿でドジで未熟、それは彼自身知っている。だが、人を思う気持ちは誰よりも上だった。彼は静かに強く言葉を続ける。
「ハヤテ様、どうぞお入りください。俺が持つ力、お見せします。」
扉に手をかける。何が待っていようとマヒロを認めようじゃないか。彼がセナを守れると、そう思った力を。
扉を開ければ、強い妖気の宿った風を感じた。
その足で立つマヒロは、青く長い髪を風に揺らし、同じく青く澄んだ瞳でまっすぐにハヤテを見ていた。それにハヤテは笑う。
「…驚いた、上等じゃん。」
歯を見せて楽しそうにハヤテが笑うと、マヒロは優しさと強さの宿る瞳をその後ろに存在するモノに見せる。
「…ずっと隠していました。ですが、もう隠す必要はありませんよね。」
「俺は十万に一人と言われる程の召喚術師の素質があったそうで…。ただ、それを知らなくて…。」
彼は失敗したときに見せる恥ずかしそうな顔で頭を掻いてそう言った。だがすぐに真剣な眼差しを取り戻して、ハヤテに向き直る。
「俺に、こいつと行かせてください、ハヤテ様。必ずセナ様のお役に立ちます。」
その後ろに居る召喚獣にハヤテは目を合わせて笑う。
「…いいよ。マヒロをよろしく。立派な立派なSSランク様。」
照れくさそうにマヒロは、大丈夫です!と声を荒げる。召喚獣は笑っているように見えて、ハヤテは声を漏らして笑った。
「では行って参ります!」
元気に胸を張ってその召喚獣を一度召喚解除して揺れるカーテンの隙間から出て行った。
ハヤテはそれを見送って、玄関のほうに向かいながら呟く。
「ホント、馬鹿は立ち直りが早くて助かるな。」
と、やはり全ての仲間を見守るように、電光石火など言われそうにない速度でゆっくり仲間を追うように外へ歩いていった。